差し入れを安易に渡すのは他人に爆弾を渡すようなものです

どうも、ミニマリスト庄田です。

 

あなたは差し入れやプレゼントを渡したことはありますか?

差し入れを頂けると嬉しいと感じることが普通ですよね。

 

特に3月の卒業シーズンだと、卒業生は学校の部活の後輩から差し入れが来るはずです。

これらを頂けることはありがたいと感じるときもあれば、迷惑になることを知っていますか?

 

 

タイトルにある「差し入れを安易に渡すのは爆弾を渡すようなもの」という風にしたのは、ミニマリストしぶさんがYouTubeで仰っていた一言です。

言われてみると、「確かにな!」と思いました。

 

今回は他人に差し入れを安易に渡すことの弊害についてお話していきます。

この記事を読めば、差し入れを渡す怖さが理解できるはずです。

前提として、ぼくは仲が良い関係であれば差し入れは嬉しいです。

 

差し入れを渡す弊害

 

 

 

 

 

 

 

差し入れを渡すと、受け取った側としてはどんな弊害があるか挙げられますか?

 

受け取った側としては、

・置く場所に困る

・いらないと思っていても簡単には捨てられない

・余計な時間を使ってしまう

という問題があります。

 

過去に差し入れでスナック菓子とか花を大量に貰ったことがあり、差し入れで頭を悩ませたことがありました。

受け取った差し入れを人にあげるのも勇気がいるし、簡単に捨てられない・・・

差し入れを受け取った経験がある人は分かるのではないでしょうか?

 

差し入れが辛いと感じる例を1つ挙げておきます。

 

千羽鶴を片付けている時間があったらね、

瓦礫を片付けたいんだよ。

暖をとりたいんだよ。

ご飯を食べたいんだよ。

震えている我が子に時間を使いたいんだよ。

線香を上げて、手を合わせたいんだよ。

1日でも早く元の生活に戻りたいんだよ。

 

引用;”僕は”差し入れは要りません。迷惑です。

 

千羽鶴はちょっと極端かもしれないけど、場所を奪い、ゴミになってしまうんだっていうことがよく分かりますよね・・・

千羽鶴を渡すことが被災者にとって重荷となっている典型的な例です。

 

僕が尊敬しているミニマリストしぶさんは差し入れを渡す行為を爆弾を渡す感覚という風に表現してるのが上手いなぁと思いました。

西野さんの記事としぶさんの動画を見てから、差し入れを渡すことが怖くなりました。

 

渡す人は渡した先のことなんて考えてない

差し入れを渡したら、そこで役割はおしまいです。

渡した先のことなんて誰も考えてないです。(聞いてくる人はたまにいるけど)

僕も差し入れを渡したことがあるから分かりますが、いちいち渡した先のことなんて考えてません。

渡したのは多分中学のときが最後だったと思います。(覚えてない・・・)

 

受け取る側になると分かりますが、結構複雑な気持ちになるんですよ。

必要なくなると、処分したいけど簡単に処分できないという風になります。